2012年2月3日金曜日

キートップ

足の傷はだいぶよくなって、今やかぶれたところのほうが目立ってきているねこですこんばんは。
いま拘束時間がいちばん長い科を回っていて、明日は7時半集合で22時までは学校です。14時間半。仕事しだしたらこんなの当たり前なのかもなー。でも仕事しだしたら、昼休みにバンドやって夜22時からバンドやったりはしないとおもう。
あ、土曜日ライブに出ます。J's Barにて。きてね。

それはおいといて。

先日、とある拍子に飛び散ったコーンポタージュがパソコンにかかりまして。
あの、医ロビでうってるやつです。
あたしが買ったやつであたしのパソコンにかかったけど、かけたのはあたしじゃないです。

画面とキーボードの一部にかかったので、キートップを外して拭いたわけです。
で、キーの接触不良とかにはならなかったからよかったんだけど、5コくらいはずしたキートップのうち、2つがきれいにはまらなくなりました。
とれちゃうわけじゃなくて、ナナメにはまったというか。
そのためにキーを押してもいまいち反応が悪く、いらいら。
そのキーというのが「半角/前角」と「A」で。多用するだけにもう・・・

しばらくは押したり引っ張ったりして困っていたんですが、数日後にちょっとゆっくり向き合うことにしました。キートップとその下の構造たちと。
うまくはまらないキートップをもう一度はずしてよく観察した結果、その下の白いパーツがどうも問題らしいと。2つのパーツが、引っ張ったときにずれちゃったらしいことがわかりまして、それも外して組み直して、本体に戻して、キートップをはめて。
・・・直りました!30分くらい?

あーよかったよかった。
父親から譲り受けて1年も経ってないのに、すでに左クリックができなくなったこのパソコン(みそ汁をこぼした。自分で)。そのうえキーボードまで調子悪くなったらちょっと泣けます。直せてよかった。

思えば昔から、こういうものをいじってみるの、好きでした。
小学校の時はよく詰まったシャーペンを分解して掃除してたし、もちろん三色ボールペンの芯は入れ替えてたし(赤を押すと黒が出る、みたいな)、パソコンの授業の時は必ずマウスのボール(まだマウスにはボールが入ってた。懐かしい!)を取り出して。

ちょっと楽しいひと時でした。
でもときどき、ほんとに壊れてキーが使えなくなることもあるらしいので、あんまりキートップ引っ張って遊ぶのはしないようにします。
ものもこぼさないように気をつけます。。

2012年1月27日金曜日

送り物

最近、湿潤療法をしています。

先週の金曜日、街へ出かけて、チャリでこけまして。
まだ飲む前だったのに、素面だったのに、こけまして。
左ひざにすりきずを負ったのです。

ちなみにこけたのは、横断歩道で左折車に巻き込まれ、というか、横っ腹に突っ込まれそうになって、避けて左にカーブし、元の道に戻ろうと右にハンドル切ったところで、あの細いチャリのタイヤが路電の軌道敷にはまったからです。
なんてみっともないこけかた。いっそぶつかっとけばよかった。笑

ただでさえヒザきたないのに、これ以上きずきずになるのもやだし、湿潤療法というものを試すいい機会だと思ったので、やってみました。

実家でも父親が知り合いの皮膚科医に聞いてきて、けっこう早くから家族みんなで湿潤療法使ってたんですが(実家は医者じゃない)、やっぱ皮膚科まわった後とか、傷をよーく観察するじゃないですか。自分の傷の回復過程、見たいじゃないですか。


てわけで金曜日、帰宅してから洗って、ラップ巻いて寝ました。
テープ持ってなくて、巻くしかなくて。
土曜日、ラップ巻いて、レギンスでおさえて生活しました。
日曜日、ラップ巻いて、持ってたテーピングで軽く止めてダンスに行きました。
途中で、ラップがジャージの裾からでてきました・・・
やっぱ巻いただけじゃ運動には耐えられなかったか。
てことで、帰りにテープを買いました。
安くて使いやすい和紙のテープ。というふれこみ。

日曜日の夜からは、ラップを紙テープでとめて生活しました。
細い傷はだいぶ落ち着いてきた気がする。
ただ、くさいです。いささか。

滲出液ってのは臭いんです。
人間だってナマモノだものね。そりゃ生臭いわよね。
どんなにキレイにして香水とかつけてたって、一皮むけば臭いのですよ。

そして今日まで、順調に治ってきてるのですが、問題がひとつ。

紙テープかぶれ。


かぶれるんですよ。そういえばネットで参考にしたサイトの人もかぶれたって。
かゆいよーもはや傷よりかぶれの方が赤いくらい。

そんな今日、実家から荷物が届きました。
食糧がいろいろ。うれしいな。
と思ったら、ひとつ封筒が入っています。


ん?ビール券?なんと!まさか!

と思って開けたら、案の定、ちがいました。

こんなものが。


ハイドロコロイドってやつですかね?
ちょっと違うかな。
ともかく、湿潤療法に使えるテープ。


ツイッターで湿潤療法のことつぶやいてたから送ってくれたんでしょうね。
これならたしかにかぶれにくい。有難い。


しかしねえ、なにもこの封筒じゃなくたって・・・期待しちゃったじゃないですか。
開けて、ひとりで笑っちゃったじゃないですか。


なにはともあれ、親からの荷物はうれしく、湿潤療法はなかなかイケてるってことでした。



ちなみに飲む前にこけた金曜日は、ちゃんとそのあと飲みに行きました。
珍しくストッキングなんかはいてたのにタイツと皮が一体になって剥けて血がだらりだったので、コンビニでストッキングかってトイレで傷洗って拭いて、まだ血がにじむところをむりやりストッキングはきかえました。
だって街はもう目前だったんですもの。帰るだなんて。笑

2012年1月25日水曜日

柳のようにしなやかに

先週の土曜日、「こころのケアセミナー」に行ってきました。
研修医向けのメンタルヘルスの勉強会なんですが、年の近いOBの先生が講演なさって、座長もOBの先生ということで、学生もかなり来てました。

SOCについて。

SOC、首尾一貫感覚。

過酷なストレスにさらされてなお、心身の健康を保ち、さらにはその体験を成長の糧にできる人、はSOCが高かったんだそうです。

自分を客観的にみることができて、一見無意味無益時間の無駄にみえる体験にも意味を見出して取り組み、先の見通しを立てて、処理することができると感じられる、能力。

現実と自分の目指すものに乖離がうまれたとき、一本の芯は貫きつつ、しなやかに目的を変化させられる感覚。

これが低いと、うつ病なんかになりやすいらしい。

初めて聞く、心ひかれる話題でした。

SOCがよく発達するのは乳幼児期、思春期、20~30代だそうですが、考え方を少し変えることで、SOCの低い人もある程度ストレスに対応していけるんじゃないかなあ。


ちなみに座長をした先輩に、ねこはSOC高そうだね、と言われましたが、
あたしもそう思います。
実際、ネットにあった短縮版でやってみたら、標準値内で、いちばん上でした。
(SOCは評価尺度で測ることができます。もとは29問、短縮版は13問くらいの質問形式)
あんまりSOCが高すぎるとそれはそれで人格に問題ありらしい(人に責任を押し付ける、他人を困らせてもストレスに感じないetc)ので、そのくらいでいいかなと思います。

ストレスっていっぱいあるけど、
「今もやもやしてる理由は何だ?」って、原因を自己分析するだけで、ずいぶん軽くなります。
たとえストレスのもとが解消しなくても、知ってるだけで違います。
今やってることが何かに繋がってる、と思うこと。
今、自分がやりたくてこれをしてるんだ、と思うこと。
うじうじ考えてひきずらないで、どうにもならないことは横に置いておくこと。

あたしのストレス対処法はそんなとこかな。
たまには逃避もするし。


あたしの芯はたぶん、30年後くらいに、どっかのムラでおじーちゃんとおばーちゃんに囲まれて、
「きょうはあの人来ないねえ、具合悪いんやろか」
なんて患者さんが世間話してるような診療所で暮らすことです。
いまのとこ。

そして、今いっぱい楽しく、好奇心に素直に生きること。
やりたくないものにもちょっとだけ興味を持って、きっとどこかで活かされる、って思いこんで。笑

人格的な、SOCの高いひとでありたい。



それから面白かったのは、メンタルヘルスケアの話。

勤労者のメンタルヘルスケアには4つ、セルフケア、ラインケア、事業所のスタッフによるケア、事業所外の専門家によるケアがある。
そのうちいまあたしたちにもできそうなのは最初のふたつ。
自分でのケアと、周りによるケア。
この、周りによるケアって、大事にしなきゃいけないな、と思いまして。

うつになっても、周りに相談できないひとが大半だそうです。
周りが気づければ、救われる人はきっといる。

自分の周りの人たちは、メンタルヘルスについて勉強してるし、理解を持ってる、
って認識があれば、自分が調子悪くなったときに相談しやすいと思う。少しは。

だから、先輩方が講演会を企画して、呼んでくださる、こんな企画、素敵だな、と思いました。
あたしもメンタルヘルス、勉強しようかな。
自分が図太い人間なだけに(中身はガラスのハートだと信じているけど)、ひとの弱さに鈍感になってしまうのが怖い。

2012年1月19日木曜日

1月14日の怪

Facebookには書いたんだけど。


「去年の今ごろもぽかおん通ってなかった?」

って言われて気づいたんだけど、そう。去年も、通ってました。

ある日突然、水道管が凍ったとかで水がちょろちょろしか出んなって、水圧低すぎて給湯機が作動せず、お湯が使えなくなったのでした。(以来いまだに水圧は低く、お風呂いれながら洗い物、とかできない)
食器を洗うのにも一苦労だったあの頃…


去年の手帳を見てみたら、水が出なくなったのはちょうど1月14日。
今年の火事も1月14日。

・・・何の偶然!?
怖いわ

去年は水、今年は電気。いずれにせよぽかおん。
来年はガスなのかな…やっぱりぽかおんだな。
ぽかおんすげーー

去年は3、4日で生活できるまでに復活しました。今年も4日で復旧。
大家さんありがとうございますm(_ _)m

そして来年ガス止まりませんように!

電気復旧ーーー!!!


4日間、真っ暗だったマンション西側に明りが灯りました。
ちょっと感動。


電気が使えることの有難さよ。
電気を制御した文明の偉大さよ。
電気の存在という神秘よ。



たった4日間でしたが、いろいろと大変でした。
家に帰ったらアロマ用のキャンドル灯しまくってムーディーな部屋にして、
冷蔵庫も止まって冷凍してたひき肉約400グラムがとけだしたので、キャンドルの明かりを頼りに人参と玉ねぎをみじん切り→ミートソース大量作製、したり。
鍋でご飯炊いてみたり。

お風呂の給湯機だけは電気引っ張ってもらえたものの、ドライヤー使えないから人んちのお風呂借りたり、ぽかおんに行ったり。
ぽかおん600円ですよ!イオン会員だから50円引きだけど普通なら650円!
さらにドライヤー3分20円!
2回行ったから1240円!

それから洗濯機も使えないので、人んちの洗濯機をお借りして洗濯したり。
きょう、電気が復旧してうれしくて、つい洗濯してしまいました。
家で洗濯できるって、イイネ。


ま、電気が止まってるからこそのイイ事もなくはなかったのですが、
いや、電気ってすばらしいわ。
当たり前の日常が、当たり前であることの危うさを感じた4日間でした。

まだ、仮復旧だから、本復旧のときにはもっかいちょこっと停電するらしいですが。
ともかく普通の生活ができるようになりました。

心配してくださった方、ありがとうございました!
電気、大事にしましょー。

2012年1月15日日曜日

素っ裸ごーごー


裸のススメじゃございません。
火事です。
てーへんだ、てーへんだ、の火事です。

人生23年、まさかの火事に遭遇。

ご心配くださった方も多いのでここでちゃんと書いとこうかと。


あれは土曜日のことでした・・・
金曜日は朝方まで飲んでいて、帰って化粧だけおとしてばたんきゅー。
目が覚めたのは15時半。
用事もあるし、いーかげん起きてお風呂にでも入ろうかと思ったのです。

服を脱いで、お風呂場に向かう時、どこからかサイレンの音が聞こえてきました。
救急車じゃないな、パトカーか消防車かな?(聞き分けれないひと)
あ、近所でとまった。このへんで何かあったのかな~
今思えば、これが沢田マンションの前にとまってたわけですよね。。

さて気にせずお風呂場で、お湯出るの遅いなー(うちにはお湯はすぐ出ないうえにしょっちゅう水になる、素敵給湯機がついてます)とじっと待っていたら、裏の方からどんどんいう音が聞こえてきました。
沢マンはいつもどこかしら工事してるので、どんどんいう音は日常的。
あたしの上の部屋も、ときときどしんどしん言ってます。
今思えばこれが、スプレー缶とかの破裂音だったのか・・・

いつものことなので気にしません。
寒い寒いとお湯を待っていたら、こんどはたき火っぽいにおいが漂ってきました。
んーこのへんで誰かたき火してるのかな?
※この時点であたし素っ裸

でもさすがに何かが変だと思って、いったんお風呂場を出ようとした、とき、
起きてからつけたエアコンの室外機の稼働音が、ぷつっと切れました。
お風呂の電気も部屋の電気も、消えました。


もしかして、火事?


いそいで服を着て(ノーブラでしたすいません…)、防寒だけしてとりあえずメガネかけて、携帯と鍵と、お財布の入ったかばんを持って、外に出ました。
外では誰かが何か怒鳴ってます。
部屋の戸を開けたら、ふたつ隣に住んでるひとも、ちょうど出てきたところでした。
何だろう?と状況を理解してないふたりそろって眉を寄せ、東側(うちはマンションの西寄りの部屋)を見たら、煙で廊下が真っ暗。
このへんも煙ですごいにおい。

うげーと思って、スロープを通って下に降りました。
2階の、スロープから入ってすぐの部屋が、すごい勢いで燃えてました。


マンションの西隣にある焼鳥屋さんの前で、消防隊(やっぱかっこいい、かも?)の人々の活動を待つこと1時間ちょっと。
消防車どうしをホースでつないで、道路の給水栓の蓋があいてて、ぺったんこだったホースが水圧でどんどん膨れて水を運んで、隊員さんと消防団のおっちゃんたちが走ってて、
なんかすごかった。

そして自分が何もできないってことを痛感しました。
となりの部屋の人に声をかけることも(あたしより先に逃げてたっぽいけど)、携帯財布以外の大事なものについて考えることも、もしスロープも廊下も通れなかったらどうやって逃げるかってことも、もし大事になってたら何か行動できたかどうかについても。

ああ、あたし、無力だ。


部屋に戻れたのは17時すぎ。
火元の部屋は、真っ黒になっていました。
もう暗くなる時間帯だったから、よけいに真っ黒。
部屋のうえは3階まで、煤で黒くなって、緑のアロエも真っ黒。

焦げたわけじゃない、と思う。

沢田マンションは火事が多いって聞いたことあったけど、まさか自分が住んでるときに、部屋にいるときに会うことになるとは。

出火の原因は、ストーブとスプレー缶のコンビによるもの、らしいです。
火元の部屋のおじいちゃんが軽いやけどをしましたが、そのほかにはけが人もいません。
左隣のお部屋と、真下のお部屋が消火のために水浸し。
水道管と電線もやられちゃったらしく、その管と線の支配域によって、水がちょろちょろだったり電気がつかない部屋があったりしてます。
なんともない部屋もあります。

そんな感じ。

うちは、電気がつかなくなりました。

お風呂に入ろうと思って起きたのに、そのまま火事騒ぎになってしまって入り損ねたので、とりあえずぽかおんへ行ってみました。お湯も出ないだろうし真っ暗だし、なによりドライヤー使えなかったら風邪ひく。
消防車がしばらく止まってて車だせなかったから、チャリで。
よーくあったまって、持ってきたタオルを使ったら、タオルが煤くさくなってて参りました。
夜はバンドの練習。そして先週から行きだしたHouse練習会。
ジャケットを着たら、それも煤くさくなってて滅入りました。

そのあと、用事があったのでよこじいへ。
ま、真っ暗な家に帰りたくないってのもなくはない。

FacebookにいもTwitterにも書いてたし、ニュースにもなったみたいで心配してくれました。
カテキョの子も、ニュース見たってメールくれて嬉しかったな。

そういえば1日中食べ損ねていたご飯をやっとよこじいで食べて、二ライへ。
二ライのマスターも心配してくれました。
「冷蔵庫とか大丈夫?」
あ、冷蔵庫!さすが料理する人は気づくところが違います。ってかあたしが気づかなすぎるだけなのか。冷蔵庫、てか冷凍庫、困りました。。
携帯の充電も心配してくださって、充電させていただきました。ありがたや・・・

最後にShelterへいって、ちょっと話して、ご協力いただいて、4時過ぎに帰宅。

あいかわらずスロープを上ると煤くさく、火元の部屋の横にはパトカーがエンジンかけたまま止まっていて、家の電気はつきませんでした。

何が困るって、トイレですよ。
真っ暗なトイレとかもうハマりそう。
あと、洗濯物。
ここんとこため気味で、土日で洗おうと思ってたのに・・・
干してたぶんも全部煤くさいし。

今日になって、お風呂だけは入れられるように大家さんが電気を引いてくれました。
が、全部の電気が復旧するのは、1週間くらいかかるかも、とのこと。
もう配線ぜーんぶ取り換えるらしい。


メールとかコメントとかリプライとかで、大勢の人が心配してくれて嬉しかったです。
こんなときに心配してくれる人がいる、頼っていいよって言ってくれる人がいるって、心強い。ありがとうございました。

ひとまず、お風呂も洗濯も冷蔵庫の食べ物も、どうにかなりそうです。

ほんと、大事には至らなくてよかった。
火って便利だしきれいだけどとっても怖い。
冬だし、みなさんお気を付けください。
それから、電気。
電気ってめっちゃ大事!
明るいことも、見えることも、電気機器が動くことも、その存在の大きさを実感中です。


近況報告でした。
ご心配おかけしましたm(__)m

2012年1月7日土曜日

雪!長野より四国!

4日、午前中はとなり町の病院まで祖母のお見舞いに行きました。

ほとんど意思疎通はできないんだけど意識ははっきりしてるし、話しかけるとうなずいたり手を伸ばしたりしてくれるのでいろいろ話してみます。
母娘3人+従姉とで行って、賑やかでした。

その後従姉の家でお昼をご馳走になりました。
叔父叔母もいましたが、なんというか、静か・・・
我が家の賑やかさとはまったく違って、とても静かなおうちです。
我が家は賑やか過ぎるんだな。我も我もと喋り出すからなあ。

叔母は料理を教えている人なのですが、この日もお手製のパンが出てきました。
ふわふわで美味しかった!


道が凍る前に長野を出なくては、ということで、3時前にお暇して、家で荷造り・・・
外は雪もちらついています。
と思ってたらどんどん強くなってきた。。


あわてて荷造りして、車へ積みに行ったらありがたいことに雪はほぼ止んでいました。
でも車にミニつららが。
久しぶりにつららを見たもので、嬉しくてつい撮ってしまった。


ま、長野で暮らしてれば長さ1メートル級のつららに出会うこともあるんですが。
小学校の時、冬のおやつは帰り道に取るつららでした。
つららを剣にして遊んだりもしました。
雪国の人は覚えがあるのでは。

融けかかった雪道を走って高速に向かいます。


お土産のために乗るなりパーキング。
雪を積んだ車もちらほら。

当たり前の光景だったんだけどなー、長野を離れてからはすっかり珍しい景色になったな。

ここからはひたすらチェーン規制の50キロ規制で、4時間くらいかけて長野県を脱出しました。そこから岐阜、名古屋を通って、あとでちょっとだけ後悔する、「変な気」を起こしたのです。ま、楽しかったからいいんだけど。

西に行かずにちょっと南下。

ものすごく寒そうな感じで雪が降っていました。
南下したんだけどな、標高上がったのかな?

 


そしてこの写真でみえるかわかりませんが、キロポストに吹き付けられた雪で、距離表示が見えない。高速道路情報のラジオって○○キロポスト付近で・・・って言ってくれるんだけど、いまどこにいるかわかんないよー

海が近づくにつれ雪はやみ、そしてお気に入りの都会的瞬間。笑


このあとしばらくは楽しい工場地帯だったんですが、運転しながらカメラ片手に画面も見ないで撮るもので、ブレブレ。夕方に通ったらきれいだろうな~

海が終わるとふたたび雪。
この辺はけっこう山の中なのかな。
ものすごーく渋滞してて、ひたすらとろとろ進みました。
70キロくらい出せるときもあったけど混んでて、しかも雪って感覚が狂う。
前から吹き付ける雪のせいでスピード感が全くなくなって止まってるような気がしたり、車高がものすごく低くなったような錯覚に陥ったり。
ひとりで長時間雪道の運転するって、すごいストレスですね・・・
おかげで眠くはならなかったけど。

名神に入ったら雪はほぼなくなりました。
そのまま阪神高速神戸線に乗っかって、淡路へ。
阪神高速も都会っぽくて好きです。
混むときはめっちゃ混むけど、このときはすいててよかった。

淡路島に入ったら、前後にほとんど車がいなくなりました。
みーんな都会に帰ってしまったのね。

淡路を抜けて、高松道。
松山道通行止めがわかったしばらく後に、高知道も通行止めになりました。
やっぱりか。。
というわけで善通寺で下道に降ります。
うどんツアーのたびに通る319号。
このあいだまんのう公園のイルミネーション見に行った時も通ったな。
からの、32号。

32号に入る前にコンビニであったかいものを食べようと思ったのに、肉まんを頼んだら什器に入れたばっかりで食べれず。
くやしいので次によったローソンでカップヌードルを買いました。笑
お湯を入れて、とりあえず走りだして「たからだの里さいた」まで行ってから、いささかふやけ過ぎた麺をすする・・・

やっぱりあたしの中ではカップヌードルが一番です。
月に1回もカップ麺て食べないけども。

元気を補充して、いざ峠越えに挑みます。

32号に入るまでにさんざん「32号猪鼻峠チェーン必要」って電光掲示を見てだいぶびびらされてたあたし。スタッドレスはいてるけどチェーンも巻いた方がいいのかな?いちおう金属チェーンは積んでるけど、1回親に教わって以来巻いたことないしなー・・・
ま、結局巻かなくて大丈夫だったんですけど。

あとは前の日記に書いたとおりです。
最後の最後でやられました。笑

 


なるべく直線なところで撮った疾走感あふれる1枚。
もーこのあとはスリップが怖くて運転しながらは撮れませんでした(もともと撮っちゃダメか)

無事に帰ってこれてよかった。

金曜日実習に行ったものの、翌日からまた3連休で、いまいち調子が出ません。どっか遠出でもしようかなー