2015年2月20日金曜日

龍馬マラソン

2月15日、初めてのマラソンに挑戦しました。
きっかけは、去年のウルトラマラソンに抽選もれしたこと、かなあ。もともといつかは走ってみたいと思っていたのです。それは長野マラソンのボランティアをした中学生の頃から。

大学の頃は走るより部活に忙しかったけど、研修1年目の時の先輩がよくマラソンに出ていて、いつかは… と思ってました。
そして今の病院はDr.たちが妙に運動好きで、みんなでウルトラマラソンに出ようとしたり、週一でスカッシュバレーしたりしているのです。で、乗せられてウルトラに応募したら落ちた、と。
こうなったら何としてもマラソンに出る!と燃えてしまったわけです。

挑戦を決めて、去年の11月頃から走った距離約150km。10km週3回が目標だったけど、それには遠く及びませんでした。
でも夏は時速8kmで3kmも走ればもう満足だったのが、最終的に時速9kmで10km走れるようになったので成長したってもんです。
1月に一度だけ挑戦した20km走では、13kmくらいでハムがぱんぱんになりそれ以上走れず。
そんな感じで当日を迎えました。

脚にはいろいろ不安があるので、その対策は色々しました。
扁平足+外反母趾があるので、カサハラ式テーピングの上からラン用の5本指靴下。すぐ痛くなる右膝には鬼コーチこと旦那さんに頼んで前日にテーピング、そして鬼コーチによる縫工筋ゴリゴリほぐし。「痛いわ!!」と叫びながら。
足首安定のために、右だけコウノエベルト足首用。
CW-Xのコンプレッションスパッツ、鬼コーチに借りたコウノエベルト腰用。
ちなみにパンツもラン用のを買いました。
ズボンじゃなくてパンツ。アンダーアーマーのが安売りしてたので。食い込まなくて快適だった気がします。笑

前日に受付して、当日は8時過ぎに城西公園へ。
カーボローディングと称して朝はお餅を食べたのですが、これがちょっと少なかった。ので、プロテイン飲んで、持久力のためにヴァーム飲んで。ここで水分を摂りすぎました。
会場へ行ってトイレに行こうとすると、これが長蛇の列。たくさん並んだ簡易トイレにたくさん人が並んでます。
8時半の集合に遅れると最後尾のFブロックからのスタートになっちゃうのですが、目標時間が制限ギリギリ6時間のあたし、もちろんスタートはFブロック。てことで遅れても関係なし!気にせず並びます。
スタートの9時まで、ぞろぞろ電車通りに移動したり、開会のセレモニーがあったりしたようですが、最後尾にはほぼなにも聞こえてきませんでした。
それよりも日陰で寒い!
またトイレ行きたくなるじゃん!

9時に号砲。あたしがスタートゲートをくぐったのはその7分後でした。
関門とかの計測は号砲が基準になるけど、個人の記録はゲートをくぐってからの時間も測ってくれます。靴にチップをつけてて、これで5kmごとのラップタイムを計測してくれるんです。便利。

しばらくは人口密度が高すぎて、走ってるとも言えない状態が続きます。
ちょっと駆け足するとすぐに詰まって、高速の渋滞みたいな感じ。
初めから飛ばしたら保たないとふんで、キロ7分半くらいを目指して走りました。ゆっくりゆっくり。
欲張っちゃいけない、目標は完走です。

4kmくらいごとにある関門は、6時間でゴールできるペースを上限にされてます。
スタートでの7分のロスもあって、最初はちょっと焦る。
それからエイドも3キロおきくらいにありました。最初だけはスキップしたけど、その先はかならず何かしら飲んだりかじったり。

高須のあたりでは沿道に知り合いもちらほら見つけました。

6キロくらいで早くもトイレに行きたいような感じ。やっぱ朝飲みすぎたよなー。早いうちにトイレ行くとか勿体無い!って思ってたのに。
まだ人口密度が高い分トイレも結構混んでて、並ぶのがためらわれます。
そして9キロ地点。コースが南国バイパスを離れるところに、2個だけ仮設トイレがありました。少ないからこそ、並んでるランナーも少なく4人だけ。
ここだ!と思ってすかさず並びます。
待ち時間の間に水分補給、うちの母と一緒に応援に来てくれてる鬼コーチにメール、擦れて痛くなってきた足首ベルトの巻き直し、などごそごそ。

さて、東道路の交差点を南に折れて、海を目指します。トンネル内は狭くて、再度人が詰まり気味。追い越してはつっかえ、コース取りが難しい。
二つ目のトンネルの手前でカツオくんを追い越しました。沿道からも大人気。
トンネルを出ると、エイドにスポーツトマトが。これが美味しかった。エイドの食べ物ではこのトマトと蜜柑が良かったです。

アイドル風の子達が空き地でダンスを披露してたり、吹奏楽部の子達が演奏してたり、応援もいろいろ手が凝ってます。
個人的にチョコ配ってるおばあちゃんとか塩あめ配ってる人とか、深層水配ってるけどコップがないところとか。
ほんとここの人たちあったかい。

15キロ地点くらいで母を発見。交通規制があって、応援の車も多くて大変だったろうに、ありがたい。鬼コーチは相当運転を頑張ってくれたようです。
向かいに義姉を発見、その先に鬼コーチ。
「何かいる?」と聞かれて、「大丈夫!」と答えて走り去りました。まさかこの先もう会えないなんて思わなかったよね。
あとこの辺の道端で実況のラジオが流れてて、「川内選手、残り5kmです!」みたいなのが聞こえました。おいおいもうゴール目前ですか・・・ わたしの3倍速ですかー。

前は限界だった13kmは過ぎたけどまあ快調に走ります。19キロくらいで浦戸大橋。
「絶対歩いちゃダメ!」という恩師の言葉が蘇りますが、去年走った人には「坂は歩くべき」と言われたし・・・ 悩みつつ、ここはさすがに途中から歩きました。
海沿いの花海道に出て、ここからはずーっと同じ景色。
沿道にはずっと応援の人が続いています。23キロくらいでそろそろしんどくなったけど、こう人が多いと歩くに歩けない。応援の子供達が伸ばす手にタッチしながら走ります。
ここらで念のため、ともう一度トイレ休憩。だいぶ張ってきた脚をストレッチ。
あんなに心配だった右膝は何ともなく、それより左の足が痛い。右のコウノエベルト、効いてるんだなー、と実感。
さらに鬼コーチにメールすると、どうやらすれ違ってしまった模様。「急いで追いかける!」と。

再び走り出すも、だいぶ左足が痛い、ので、右に巻いてたコウノエベルトを左に付け替えました。
エネルギー補給のためにと、エイドではあんま好きじゃないバナナも食べました。皮をむいてくれてるから、受け取ると手がベタベタになる。うぬぬ(ーー;)

仁淀川橋の手前で鬼コーチからメールが来て、渋滞がすごすぎるからゴールで待ってる!と。
しかし、脚はもうぱんぱんなのに、エイドのエアサロが売り切れてるわけです。え、えあさろー…
完走に不安を感じながら、仁淀川橋に差し掛かります。これを渡りきれば折り返しだ。
しかしこの橋、長い。恩師の言葉を浮かべつつ、耐えきれずに歩く。途中でストレッチして、また走る。その繰り返しです。
橋を渡りきっても折り返しはまだ見えません。コースを下見した時、仁淀川橋の手前までしか見てなかったんです。ここまできたらあとは折り返し、としか思ってなかった。渡りきってからまだ数キロあるなんて。えー。。
折り返しの手前のエイドに救急車が止まっていました。
え、参加者搬送…?

そしてついに折り返し。帰り道ってのは何故か短く感じるもので、歩いたりしながらもどうにか進みます。途中、職場のDr.とすれ違いました。「頑張りましょう!」と何故か言えず、「頑張ってください!」になりました。他人事。

そして橋を渡りきるとそこに…鬼コーチ!と、母!
どうやら、めちゃめちゃ細い裏道を抜けまくってきてくれたようです。ありがたい。まじありがたい。エアサロを浴びまくり、アミノバイタルのゼリーを流し込む。
次はゴールで!と言って別れました。

そこから20分もするとあら不思議。体があったかくなってきました。脚は痛いには痛いけど、さっきまでより長く走れる。
そうか、エネルギー切れだったのねー。
時速9キロとしてもう4時間半、2000kcalは消費してるはず。バナナ2切れじゃ足りません。

これに元気を得て、あと7km。
1km走って、1km歩いて。
あと5kmのところで、残り70分。
残り全部歩いても6時間に間に合うぞ、と誘惑に誘われますが、走れる限りは頑張ろう、と自分を諌めて走りました。

あと2kmのところでおっきなカメラ持ったおじちゃんが1枚撮らせて!と合図してきて、つい笑顔になりました。あとで聞くと友達のお父さんだったみたい。ああいう応援の仕方もあるなーと。元気出ました。

春野運動公園の敷地に入ってからも歩いていたら、義姉夫婦を発見。
これは走らないわけにはいかないじゃないの…と、最後の力で走ります。その先に母、そして鬼コーチ。
歩かせてくれ〜と言いながら競技場に入り、残りトラック半周。
ここまでくると何故か元気が出て、最後は何人か抜かしてゴールしました。
5時間33分。ゲート超えてからで5時間26分。

しばらくはまともに歩けたのですが、応援する側に回ってがんばれーとか言っているうちに脚が固まり、帰りの車まではびっこひきひき行きました。

そして3日間続く筋肉痛。
右は大腿四頭筋と筋膜張筋、左は足の外くるぶしらへんが痛い。
左右非対称です。歪んでるんだな。

いやー、いい体験しました。
次は5時間切りを目指したいと思います。

2015年1月31日土曜日

ダムめぐり2

永瀬ダムを満喫したあとは、来た道を引き返して、吉野ダムを探します。
とにかく入り口がわかりにくい。
国道側からは発電所入り口ってバス停を入ると行けるんですが、またも通り過ぎたので対岸に渡ってみました。しかし入り口わからない。
結局また国道に戻って、発電所のところから入りました。
車を発電所に止めて。
余談ですがこの碍子って、日本の技術力がものすごーく集約されてるんだそうです。アジアの他国も作ってみたけど、品質イマイチで事故が起こったりするらしい。日本碍子はすごいのです。

碍子にうっとりしてから細い道を下りていきます


そして発見

杉田ダムとお揃いの黄色と緑。
このあたりのテーマカラーなんでしょうか。

天端も緑色の鉄板で、重厚感には欠けますが古くさくてわくわくする。笑

機器も緑色

ダム湖側から

下流から

対岸にも道がありましたが、どこから繋がってるかはわかりませんでした。

土佐山田の街まで戻って、最後は休場ダム。
土佐山田駅の少し西から、北の平山地区に向かって入っていきます。
道がどんどん細くなるけどそのまま進みます。

立派な発電所が見えてきました。
新改発電所。
ここの付近には高知県最初の水力発電所、平山発電所跡地もあるらしいけど、これはわかりませんでした。
次は是非行ってみたい。
発電所はこんな感じ

遠くに導管も見えます。


さらに奥へ進みます。
すれ違い不可な道幅になってしばらくいくと、ありました。

こぢんまりとしたダムです。
こんなのをくぐって天端に出ます

古い滑車。
使用不可かい。

ハンコケースはフェンスにがっちり固定してある、と88箇所巡りのサイトに書いてありましたが、
ケースはどこかへ行って、ハンコがしっかり(?)固定してありました。

ケースは流されたのかなあ。

これで集めたハンコは18個。ダムは88箇所、砂防ダムなども含めて全部で煩悩の108箇所あるので、残り90個。

ダム巡りはまだまだ続きます。

2015年1月28日水曜日

ダムめぐり

何回か言い切り口調で書いてみたけど、すごく書きにくいので元通りのですます調に戻します。やっぱ慣れないことはするもんじゃないね。

先週末、ダムめぐりに行ってきました。
いや、去年から始めたんですが。
今住んでるとこの近所に中筋川ダムって大きなダムがあるんです。気になって行ってみたらダムカードを配ってることがわかって、またダムカードを貰いに行ったんです。その時管理事務所の入り口を見ると「四国堰堤ダム88箇所巡り」のポスターが目に入りました。
四国のダムや堰堤を巡ってハンコを集めるらしい。とりあえず無料登録が必要らしい。

こうして堰堤とダムの区別も知らなかった私は本格的にダムめぐりに足を突っ込んだわけです。

この88箇所巡りは、四国じゅうのダムや堰堤、砂防ダムに用意されたハンコを集めて回るもの。コンプリートすると認定証をいただけます。
ダムカードは、全国の国土交通相と独立行政法人水資源機構が管理するダム、及び一部のダムで、ダムのことをもっと知ってもらおうと配っているカード。高知でも5箇所で貰えます。


今回行ったのは、土佐山田から西へ向かって物部川沿いにある3つのダム。
超目立つ杉田ダム、ひっそり隠れた吉野ダム、そして、ダムカードがもらえる永瀬ダム。
時間があったので、土佐山田の北にある休場ダムにも行きました。

まずは川下の杉田ダム。
88箇所巡りのページにもある通り、道からも超目立つ、わかりやすいダムです。一方で色が鮮やか過ぎて、いささか工場っぽい気も。

行った時は堆積土砂の除去作業中で、天端には入れませんでした。

続いて吉野ダム、と思ったんですが潜みすぎて入口が分からず通過しちやったので、とりあえず奥の永瀬ダム。

国道から横道に入ります。ところどころすれ違いに気を使う道を少し行くと、ありました。

これは反対側から撮ったもの。
さすがダムカードを配ってるダム、重厚感あります。
山に囲まれた景色も美しい。
あと、こういうの好きです

旧字体?

方言まるだし

真ん中のゲートから

ウォーキングしてるおばちゃんたちに不審な目で見られながら写真を撮りまくり、管理事務所でハンコとダムカードゲット。

次回に続きます

2015年1月18日日曜日

長沢堰堤

昨日、幡多からの帰り道、ずっと気になってた堰堤に行ってきた。


窪川方面から来て中土佐ICの手前、トンネルの上に見える白っぽい堰堤。

須崎までは高速無料だから、中土佐で降りても損はないし、ナビを見たらインターからも近そう。
時間に余裕があったので降りてみた。

インターを降りて右折、純平スリーエフがある方向へ。
スリーエフを過ぎてすぐの、橋の手前を右折。
するはずだったんだけど、
「あれ?ここかなー?」
とかいいながら通り過ぎるわたし。

いっつも曲がり角って行き過ぎるか早く曲がりすぎるのだ。地図に載ってる大きそうな曲がり角なのに信号ないしね。
ダムめぐりしててもだいたい毎回曲がり間違えて時間がかかります。
地図が読めないわけじゃないんだけどねえ。

しょうがないので行き過ぎて、左に3回曲がって戻ってくる作戦を取る。
も、3回目の曲がり角をまた通り過ぎ、インター方面へ。。
だってね、細くて「ここ?」みたいな道で・・・

で、そこからインターを通り過ぎるまで本線に合流する角がなく、しかも途中工事してて未舗装のガタガタ道になり。
セダンで通る道じゃなかったよまったく。

やっとのことで本線に戻ってもう一度攻めなおし。
今度こそ橋の手前で曲がりました。

そこからちょっと林道っぽいのに入って2キロあるかないか、くらいのところで高速との交差ポイントへ。
ありましたありました。
やっぱり砂防堰堤だ。



長沢堰堤
完成 平成25年3月
国土交通省


まだ新しい。
真ん中あたりにある金属の柵がいいかんじで、ずっと気になってたのだ。
こういうのは山にいくとけっこう見るけど、88箇所巡りには載ってないのだ。これは新しいし。
大きな砂防堰堤は載ってるけど。

ほっこり暖かな日差しのもと、さらさら水が流れてていいかんじでした。
満足。

2014年12月23日火曜日

酷道与作

21日の夜、酷道与作を走ってみた。
酷道与作。国道439号。
徳島県徳島市と高知県四万十市を結ぶ、ほとんど山道の長い国道。

一度通ってみたいと思ってたんだけど、幡多から梼原へ行くのにちょうどいい機会だと思ったのだ。
しかも道沿いにはダムがある。これは通らないわけにはいかないよね。
というわけで出発しました。夜だけど。

ちなみに、幡多から梼原へは、いったん愛媛へ抜けて鬼北町とかを通る道がスムーズです。もしくは宇和島経由。

19時半に四万十市役所の横を通過。商店街の外れみたいなとこで、スタートからして国道らしくない。

四万十川の隣を流れる後川を渡って、安並を通って北へ。しばらくは走りやすい道。
が、伊才原でいきなり通行止め。
あれ…
工事?迂回路あったかな…

ちょっと戻ると、あったあった。
ほっそい橋を渡って対岸へ。これがまた狭い。酷道は裏切らないね。
即席っぽい橋を渡って、急な坂を上って、本線に合流。

しばらくは走りやすい道だったのが、住次郎トンネルを過ぎてちょっとしたら急にかくっと曲がって、細くなった!
いきなりくねくね、落石たくさん落ち葉だらけ。これが国道かよー。何日も人通ってないんじゃないの?っていうくらいの荒れっぷり。石を踏んでタイヤがパンクしないかどきどき。
途中整備されて綺麗になってる場所もあったけど、概ね山道でした。時速20〜30kmでくねくねくね。

スタートから40キロくらい走って土佐大正に到達。ここで交わる381号を東にいくと、フィギュアで有名なホビー館があるのだ。
しばらく381号と合流して進む。割と走りやすい道を10キロくらい行くと、お待ちかね、ダムです。

津賀ダム。
天端の端に車を止めて、降りてみる。
あたりは真っ暗。ゲートの制御盤のランプが点々とついてるだけ。見上げると星が超きれい!

懐中電灯を引っ張り出し、ダムの納経帳を持って歩き出す。

ていうか、ここ、圏外だ。少し手前で聞いてたPodcastが止まったんだけど、圏外でした。
ダムは見えずとも、ハンコだけでも押したかったんだけど、ハンコの位置情報がわかんない。だいたいダムというのは山奥なんだから先に調べとけばよかったんだよね…
まあ、ありそうなところを探すことにして、天端を渡った。
放流中らしくていい感じの音が響いてる。しかし見えないー
対岸の管理棟の入り口にもハンコはなく、残念引き返す。
そして車の周りをよく見ると、向こうに木の小屋が建っている。ダメもとで近づくと、四電のふれあいトイレって書いてある。
そしてその横に、発見!
見慣れたハンコ入れ。
インクは無いけど、ちゃんとマイ朱肉があるもんね。

というわけで津賀ダムげっと。でもちゃんと姿を見たいから、また来ると思います。



ついでにふれあいトイレ、中はちゃんとトイレットペーパーがあって、棚には予備の紙もしっかり補充してあった。四電すごい。すばらしい。

ここからだんだん道がくねくねに。
でも最初ほどの落石っぷりじゃない。

途中小さな集落を通ったんだけど、人形の顔を使ったカカシが道沿いに立っていた。何体があって、とても不気味だった。何かのおまじない?

ナビで松原の文字が近づいてくる。ここは診療所の研修で2回来たところ。知ってる地名を見るだけで安心するというもの。
見覚えのある郵便局とパン屋さん(梼原で唯一のパン屋さんらしい!美味しい!)を通り過ぎて松原を抜け、ここで439とお別れ。このへんから雪が降りだした。梼原の標高はここよりまだ高い。ノーマルタイヤで大丈夫?毎度のことながらどきどきする。
439号は雲の上のホテルの手前くらいに繋がるんだけど、梼原の街へ行くなら県道26号の方が近いのだ。これもやや険道の感があるけど。

途中、初瀬ダム(別名佐渡ダム)の横を通って、酷道197に合流。
初瀬ダムは10月に来たけど、あの時は台風で雨雨で、ぜんぜんゆっくり見れなかった。津賀とあわせてまた見に来よう。

ここまで来ればあと少し。
ちなみに26号最後の川口トンネルの手前を東へ折れると川口ダムというのがある。
これは88箇所にも載ってない、小さな趣のある堰堤だ。ただし道は未舗装。以前ここを攻めてパンクしたので、行く時は要注意。

あとはトンネルを幾つか抜け、パチンコ屋を通り過ぎて、梼原のメインストリートに到着。
最後の方は、橋の上はもう雪がしっかり積もってた。
到着は22時半。3時間もかかりました。


次は明るくてあったかい時に。
あと、セダンで通る道じゃかった!もう1台車欲しいわー…小さくて馬力あって傷ついても悲しくないやつ。笑
昔の傷傷ヴィッツを懐かしんでいます。

2014年12月17日水曜日

自動水洗

twitterで小さく盛り上がったので書きますが、
あたしはトイレの自動水洗が嫌いです。

自動水洗が生まれたのは、確か男性用が先。
便器の前を離れると自動で水が流れて、大変好評だったらしいです。
男性はどうしても手が汚れますしねー。
他人の汚い手が触ったレバーを触らずにすむってのが良かったのかもしれません。

自動化は進み、女性用も手をかざすだけで流せるようになり、
次は立ち上がるだけで勝手に流れるようになり、
最近のトイレはドアを開けただけで勝手にフタが開くようになりました。

日本人の技術力と知恵はすごい。

しかしね、そこまでやる必要ある?
と思ってしまうのです。
女性用の自動水洗のメリットは、
1)他人が汚い手で触ったかもしれないレバーを触らずにすむ
2)ついつい流し忘れても安心
というところかと思うのですが。

一番汚くなってそうな和式トイレにはまず自動水洗はないし、そうすると1)は微妙です。
だいたい便座が共有な時点でそれどころじゃない。
2)は・・・そういう人はまずいないと思うんだけど、いるのかな?

逆にデメリットは、
・電気代の無駄
・おなかの調子が悪いときなんか、途中で何度も流れたりする
・物を落としてしまったときにどうしようもない
・検便の検体が流れていってしまう悲劇!!
などなど。

あとあたしがよくやるのは、『立ち上がった瞬間に流れたのをすっかり忘れて、服を直した後に自分でも流してしまう』
結局無駄にしちゃいます。
それと医学的見地からいうと、モノはぜひ見ておくべきです。見なきゃタール便とか気づけませんし。水分摂取が足りてるかの目安にもなります。

どーですか。メリットよりデメリットのほうがでかくない?
検索してみたら、この自動水洗にイラッとしている女性はけっこういることがわかりました。
というわけでトイレメーカーに提案。
基本的に手動にして、流し忘れて出ていっちゃったときだけ自動で流す、でどうでしょう。

これなら自動水洗を気に入ってる人は困らない、嫌いな人も困らない。
いいと思うのですが。

2014年12月9日火曜日

エストニア

お久しぶりです。
フィンランド旅行記を書ききったらほかのいろいろを書こうと思いつつ、なかなか進まないこのごろです。というのも今の官舎にはネットが通ってないのです。1年だけだし、手続きも面倒なので基本的にパソコンをつつくのは医局で、なのです。


さて、エストニアでの朝食は、ホテルの「チャイコフスキー」という豪華レストランで。ビュッフェ形式で、内容はフィンランドとだいたい同じでしたが、ずっと美味しい。そしてフルーツがたくさん。ディナーのときはドレスコードがあるんだろうな、、という雰囲気でした。
あんまり時間がないので早めにホテルを出発します。でも荷物は重いので、ホテルで預かってもらうことにしました。

エストニア旧市街の石畳を歩きます。
この日はこの旅行中で一番の冷え込み。
ちょっと震えながら、首都タリンの旧市街を歩きました。


タリン旧市庁舎が建つラエコヤ広場


















その片隅で、排気口の風で段を取る鳥を発見。 鳥も苦労しています。



これはたぶんビールやさん。
全体的に、書体も雰囲気があります



展望台から見た風景。 城壁の外にも、素敵な塔なんかが見えます。
方向を変えれば、現代風のビルも。



お姉さん2人が店番をしていたお店でお土産を買いました。
海外では、お裁縫の指貫がけっこうお土産に売っているみたい。かわいい絵が書いてあったので、パッチワーク好きの母に買いました。
このあたりは琥珀も有名みたいで、琥珀のアクセサリーもたくさん見かけました。

昼食は、ネットで高評価だった「オルデハンザ」というレストランで。
真冬で完全にオフシーズンだったからなのか、ディナーじゃなくランチだったからなのか、ネットの評価で見ていたような雰囲気はあまりなかったのですが・・・
意外と明るくてがらんとしてた。

でも、味はとてもよかったです。
きのこのスープが美味しかった。
量はかなり大目でしたけど。




お店のお姉さんによると、エストニアの人たちは、小学生のときからみっちり英語を習うんだそうです。だから若い方は皆さん英語ぺらぺら。

フィンランドもエストニアも、観光関係の方と、若い人たちとは英語が通じないことはありませんでした。



外側から見た城壁


宿泊したホテル テレグラーフの入り口。


船の時間を気にしつつ、荷物を受け取って港に向かいます。
歩いて港について、ほっと一息。
乗り場がAからDまであります。ヘルシンキ行きはどこからだ?
と見回すものの、どこにも見つかりません。

ようやく港の見取り図をみつけると、どうやらコの字型の港の、反対側のターミナルだったみたい。
間に合わないかもー!
と重い荷物をかついでひいこらたどり着くと、受付のお姉さんに
「もう遅いわ。次の便に変えなさい」
といわれてしまいました。
料金はそれほど取られなかったものの、がっくり。

暇なので、港のクロークに荷物を預けて、すぐ横のショッピングモールへ行ってみることにしました。
このクロークのおばちゃんは、英語が通じなかった!
少し年齢層が上がると、あんまり英語教育を受けてない世代もいるみたいです。
でも身振り手振りでどうにか話を伝えたところ、なんとタダで荷物を置かせてくれました。
おばちゃんありがとう。

ショッピングモールでは、フィンランドとの物価の違いに仰天。
ペットボトルも1本30円くらいのとかがありました。
フィンランドから買出しに出てくる人が多いのも納得。

そしてこんどこそフェリーに乗って、フィンランドに帰ったのでした。

フィンランド最終日はヘルシンキを大急ぎで観光。
ヘルシンキ大聖堂、テペリアウキオ教会、ヘルシンキ現代美術館、マリメッコ、etc...

おみやげに葉書でも買おうと寄った郵便局では、トーベヤンソン生誕100周年の記念切手を売っていました。
そしてそれの特集で取材に来たらしいラジオのひとに、インタビューされちゃいました。
この切手のこと知ってた?
トーベヤンソンは知ってる?
どこから来たの?
何しに?
などなど。
つたない英語でしたが無事通じたのでしょうか。

最終日はだいぶ省略しましたが、夕方の飛行機に乗って、また10時間のフライトを経て日本に帰りました。

この旅でお世話になったIさんご家族、ほんとうにありがとうございます。
もっとゆっくり1都市を味わってみたいし、オーロラリベンジもしたいし、また行きたいなあ。
だんだん寒い季節になってきて、旦那さんはまたフィンランド行きたい熱が再燃したようです。



やっとのことで(ちょっと無理やり)終わったフィンランド旅行記。
また普段のことも書いていこう。
ではまた。